《りんごとナプキン》1879〜80年
油彩・キャンヴァス
49.2×60.3cm
   
  静物はセザンヌにとり、最も重要な主題の1つでした。
机の上のりんご、ナプキンの窪み、セザンヌは描きたいと思う題材を自らの手で、理想的に配置し、
構成することができました。
背景の木の葉模様は壁紙で、この壁紙のある静物画のグループは1879〜80年の制作とされます。
(1990年収蔵)
 
   
 
1839年 1月19日、南仏のエクス=アン=プロヴァンスに生まれる。
  父は帽子屋、後に銀行家。
1852年(13歳) ブルボン中学に入学。
  エミール・ゾラを知り、共にデッサン、詩作、音楽に親しむ。
1859年(20歳) 父の希望でエクスの法科大学に進むが、画家を志し中退。
1861年(22歳) 4月、パリに出、アカデミー・シュイスでピサロら印象派と知己になる。
  美術学校の入試に失敗し、以降パリとエクスを往き来する。
  サロン落選がつづく。
1869年(30歳) のちに妻となるオルタンス・フィケを知る。
1872年(33歳) ポントワーズでピサロらと制作、印象派の理論を学ぶ。
  秋、オーヴェール=シュル=オワーズに転居。
1874年(35歳) 第1回印象派展に3点を出品。
1876年(37歳) エスタックで夏をすごす。
1877年(38歳) 第3回印象派展に16点出品するが不評、以後不参加。
  この頃から堅牢な絵画空間の構成を試みる。
1879年(40歳) この頃《りんごとナプキン》制作。
1881年(42歳) 夏、ピサロのいるポントワーズに行く。
1882年(43歳) エスタックでルノワールと共に制作。サロンに初入選。
1883年(44歳) モンティセリを知り、共に制作。
1886年(47歳) セザンヌをモデルにしたゾラの小説『制作』が発表され傷つく。
  4月、愛人オルタンス・フィケと結婚する。
  10月、父の死により莫大な遺産を相続し、エクスに移る。
1888年(49歳) ジャ・ド・ブーファンでルノワールと共に制作する。
1889年(50歳) パリ万国博覧会に出品。エクスでルノワールと制作する。
1890年(51歳) ブリュッセルの20人展に出品。糖尿病の兆候が出始める。
  この頃から水彩画が増える。
1891年(52歳) 《カード遊びの人々》連作に取り組む。
1895年(56歳) パリのヴォラール画廊で個展、好評を得る。
1899年(60歳) アンデパンダン展に出品。以降出品(〜1902、05年)
1901年(62歳) ブリュッセルの自由美術展に出品。
1904年(65歳) サロン・ドートンヌで回顧展、名声が確立。
1905年(66歳) 《大水浴》をサロン・ドートンヌに出品、反響を呼ぶ。
1906年(67歳) 10月22日、制作中雷雨に打たれおこした肺炎がもとで死去。
   
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