損保ジャパン
[先輩-6 独立]感動をつくる仕事と信じている。
トータルライフカウンセラーの制度に出会えて幸せです。
神様が私にくれた起死回生のチャンスになりました。
雨宮豊(47歳)
株式会社ハートプラザ(横浜市) 代表取締役 1998年8月損保ジャパン入社。2001年7月設立。
Q.前職は?
無職になり、仏門に入ろうかと苦悩していた時。
一本の電話が、現在の仕事に導いてくれた。
新卒で信販会社に入社。3年後に生命保険会社に転職しました。メーカーが設立する外資系の新しい保険会社で、男性が保険を営業し、ライフプランを提案するという画期的な手法に共感してのことです。そこで営業の基礎となる知識とスキルを徹底的に叩き込まれ、約7年間ライフプランナーとして生命保険販売に従事しました。MDRT会員となるなどお客様にも認めていただけるようになり、今に続く人脈も形成しました。ところが人間的に未熟だったんでしょうね、やがて仕事に行き詰まり、借金を残して辞める結果に。その後、ヒトとモノのマネジメントを学ぼうと、人材派遣会社やアパレル業界で働きましたが、うまくいかず、半年間無職の状態が続きました。仏門に入信しようかと思い悩んでいた頃、「また保険の仕事に戻らないか」という知人からの誘いがあり、再起を賭ける決意を固めました。
 
Q.トータルライフカウンセラーに興味を持ったのは?
学生時代のアルバイトがセールスの原点。
根っからの営業人間なのかもしれない。
借金を返し終えて、イチから出直そうと、当時の損保ジャパンの代理店研修生として入社したのが1998年、38歳の時でした。この仕事を選んだというよりは、復活を賭けた私を拾っていただいた感じですね。元々、保険会社を辞める際に、いつかは保険業界にカムバックしたいと思っていましたし、自分にはこの仕事しかないとも思っていました。保険の仕事は、究極的には自分を販売する仕事。自分が信用されないと、契約には結び付きません。自分が信用され、理解されてこそ結果が出ます。そうした売れる楽しさ、自分を買ってくれるうれしさを教えてくれたのは学生時代のアルバイトです。お茶の訪問販売でしたが、私の営業人生の原点と言っていいでしょう。保険の仕事には、その営業の面白さが凝縮されています。他の業界も経験して、あらためてわかった魅力でもあります。
Q.研修中で一番印象に残っていることは?
研修期間の3年間で休んだのはお正月だけ。
ツライと思ったことはなく、楽しくて仕方なかった。
3年間、とにかく死に物狂いで働きました。休んだのは正月くらいでしょうか。(笑)でも、ツライと思ったことは一度もありませんでしたね。保険の仕事で一番大変なのは、お客様とのアポイントを取ること。以前は、会える人を探すのに本当に苦労していました。ところが、損保ジャパンではお取扱いを希望される方を紹介していただける仕組みがあるんです。満期や更新手続きのご案内で、アポイントが面白いように、一人では回り切れないほど取れるんです。お会いいただけるお客様が無尽蔵にいらっしゃって、私にとってはお金が落ちているのと同じに思えました。(笑)土日でもニコニコ笑顔でうれしそうにお客様の所へ向かいましたよ。3年間のなるべく早い時期に、独立後の経営基盤を作りたかったから、休みたいとは思わなかったし、実際に休んでいるヒマもなかったですね。
 
Q.自信をつかむことになったきっかけは?
保険会社の代理店になるのではなく、
お客様の代理店になることを心がけて。
研修生になって間もない頃。以前、生命保険会社にいた時にお世話になったお客様に挨拶にお伺いました。そしたら、「独立経営をめざすのは大いにけっこう。でも、保険会社の代理店になるのではなく、私の代理店になりなさい」と言われ、雷に打たれたような衝撃を受けました。保険のコンサルティングというのは、まさにそういう仕事だと実感した言葉でした。生命保険と損害保険の両方をコンサルティングできるのが私の強み。以来、私流の営業スタイルも明確に定着した気がします。おかげさまで成績のほうも安定して伸ばすことができて、ガイドラインとなる数字の2.5倍はいつも達成していました。もちろん、生命保険会社で身につけた経験も大きな糧になっていると思います。当然、その実績は収入にも反映されました。
 
Q.雨宮流の営業スタイルとは?
お客様を大事にすれば、私もお客様から大事にされる。信頼関係を構築して、お客様の代理店に徹する。
満期や更新のご案内で損害保険のコンサルティングから始まり、お客様との信頼関係を作りながら、タイミングを見て、生命保険の話をします。保険の内容を詳しく知らずに契約されている方が多いので、とても喜んでいただけます。また、保険の給付や事故対応などにも身を粉にして動くとさらに信用が増しますね。感動されるケースだってあります。お会いする場所や日時の設定は、お客様にとって、いかに心地よい状況を作るかを第一に考えます。お客様は自分が大事されていることがわかると、私のことも大事にしてくれます。逆に、お客様を大事にしないと、自分も大事にされない。それは、お互いに不幸なことですよね。営業の場面では、商品の説明ではなく、まず保険の制度や仕組みについて話します。そうすると、自分が入っている保険はどうなのか疑問になり、証券を見てほしいということになります。こうした営業スタイルは私流というよりも、営業の基本中の基本ではないでしょうか。すべての発想は、お客様の身近な代理店、頼りになる相談相手になることから生まれています。お客様の紹介でお宅をお訪ねしたら、「雨宮さんの話を聞きなさい」と、親戚の方々が集まっていたこともありました。(笑)最近では、通販の保険商品が盛んにCMなどをやっていますが、その対応力の違いには自負があります。
Q.独立後の調子は?
順調な業績のまま研修を終えて、ついに独立。
仲間も着実に増えて、現在7名の会社になっています。
研修を「卒業」して独立したのが2001年8月。ひと足先に7月には法人登記を済ませ、株式会社ハートプラザを設立しました。冠婚葬祭の会社みたいだねと言われますが、気持ちが通じ合う場所にしたいとの思いを込めた社名です。私にとっても、社員にとっても幸せ、損保ジャパンにも喜んでもらえる。そして何よりもお客様に喜んでもらえる。そんな小さな成功体験を積み上げていける会社にしたいと考えました。最初は住んでいたマンションの一室からのスタートでしたが、現在は、ご縁があって横浜馬車道のすぐ近くにオフィスを構えています。横浜は研修期間に在籍していた支社がある場所。生命保険会社にいた時のテリトリーが湘南で、東京のお客様にも便利なので、横浜に根を下ろしました。通勤や移動の時間はムダですから、職住接近も重視してのことです。これはと思った周囲の人材(経験者)をスカウトするように誘い、現在では総勢7名の会社になりました。妻は研修時代に損保ジャパンのトレーナーだった人。どうしても結婚してほしいと口説き倒して、今では事務全般を任せています。(笑)
 
Q.将来の夢は?
単なる規模的な拡大や成長を追うつもりはない。
時代の変化に対応できる中身の充実を図りたい。
独立して6年が経過しましたが、これまで業績は落としたことはありません。今後は、未経験者を採用し、ハートプラザで育てた人材の活躍に期待したいですね。ハートプラザとハートプラザのお客様を愛する人材を育て、次世代のお客様と組織を担ってもらえればと考えています。知識やスキルを共有し、全社一丸となって数字を作り、目標を達成できたら、いっしょに喜び、褒め称える。それが代理店としてのあるべき組織だと思うし、私を育ててくれた損保ジャパンへの恩返しになると思っています。いずれは1階の路面店に会社を移したいと計画していますが、規模のみの拡大はあまり考えていないですね。これから先、商品に垣根がなくなり、保険だけでなく、投資信託など、金融商品全般を扱えるようになるだろうと見込んでいます。それをふまえ、いろんな知識をもっている人材を集め、さまざまな情報やノウハウを柔軟に吸収できる、変化への対応力がある組織にしたいと考えています。今は私が経営者で、いわばプレイングマネージャーとして活動していますが、適材適所適時、私よりもふさわしい人物がいれば社長業に固執せず迎えたいですね。世の中に役立つ組織になるなら、私も1パーツとして、プレイヤーのトップか、プレイヤーの下支えにいつでもなろうと思っています。
 
Q.最近のプライベートの過ごし方は?
仕事は損害保険の営業、趣味は生命保険の営業を地で行っています。
趣味やプライベートな時間はほとんどないですね。ゴルフもやりますが、趣味というよりは人のネットワークを広げるお付合いですよ。何度も言いますが、自分の価値観をお伝えして、理解いただいて、信頼されて、喜んでもらえる。ある意味、感動が作れる仕事ですから、休みがなくても、ストレスが溜まらないんです。趣味を見つけようと、フィットネスクラブの会員権を買ったり、レンタルDVDを借りたりしていますが、行けなかったり、延滞ばかりで…。(笑)自分でもちょっと困った状況かなと思いますが、でも、お客様の代理店を貫こうとすればするほど、私は休んじゃいけない仕事をしているのかもしれないと思うことがあります。
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