損保ジャパン
[先輩-6 独立]地元で暮らす方々のお役に立ちたい。
独立9年目、私の理想を形にした自社オフィスを建設。
私のビジョンは、まだまだ大きく広がっています。
三根生啓太
株式会社イーズコーポレーション(大洲市) 代表取締役
1995年11月損保ジャパン入社。1998年11月独立。
Q.前職は?
機械メーカーでのメンテナンス営業。しかし、
両親が病気で倒れて、実家に戻ることに…。
私は愛媛県の南西部にある八幡浜市の出身です。大学卒業後、愛媛に本社を置く機械メーカーに就職したのですが、配属になったのは新潟支店。そこで機械製品のメンテナンスをしながら新たな提案をしかけていくという、技術営業のようなポジションで仕事を手がけていました。
3年ほど経った頃でしょうか、両親が二人とも病気で倒れてしまって……私の実家は店を営んでおり、その手伝いをしなければならなくなって、機械メーカーを退職して地元に戻ってきたのです。もともと私は地元志向が強く、いつかは帰りたいと思っていましたので、ここで思い切って決断しました。
 
Q.トータルライフカウンセラーに興味を持ったのは?
地元で就職できる場を探していたら、たまたま
この仕事に巡りあった。実はそんな感じです。
正直に言えば、特にこの仕事に強い興味をもって選んだわけではないんです。実家に戻って店の経営を手伝っていましたが、両親が回復すると、私もそろそろ地元で就職しようかなと。たまたま、損保ジャパンの前身である安田火災の営業所長の方と私の親が知り合いで、地元の営業所でトータルライフカウンセラーを募集しているという話を聞き、「大手の保険会社で働けるのなら」と応募しました。当初はその内容をよく理解していなかったのです(笑)。
詳しく話を聞くと、保険商品の営業の仕事を手がけ、研修期間の後に代理店として独立するのだという。営業を手がけることに対しては、特に抵抗はありませんでした。たぶん、保険を売るというのはそんなに簡単なことじゃないだろうとは思っていましたが、とりあえずがんばってみようか、そんな気持ちで入社しました。
Q.自信をつかむことになったきっかけは?
迷いもあった1年目。でも、人から素直に学ぼうと
努力するうちに、3年目には全国トップの成績に。
3年間の研修のうち1年目は、それほど調子は良くありませんでした。同期で入社したトータルライフカウンセラーは全国で90名ほどいたのですが、その中でも成績はあまりいいほうではありませんでした。途中で違う道に進もうかと思ったこともあります。社会保険労務士の資格を取ってみようかと考えたり……でも結局、資格を取って独立したところで、成功している人もいれば、失敗している人もいる。根本に求められるのはセールスの能力だとあらためて感じ、2年目から奮起して仕事に取り組みました。
まずは自動車保険を究めようと、支社のアジャスター(事故を調査し損害額を査定する人)にお願いしてカバン持ちをさせてもらって、事故処理の現場をいくつも経験しました。そのうち『三根生は事故処理がうまい』という評判をいただくようになり、契約の件数も着実に増えていきました。また、生命保険についても、すでに代理店として独立した先輩の方につき添って学ばせていただきました。とにかく素直にまわりからいろんなものを吸収しようと。そうした姿勢が功を奏したのか、3年目は全国で1番2番を争うほど成績が伸びていきました。
 
Q.この仕事の意義を感じた瞬間は?
事故で怪我をして、お客様からお叱りの言葉を受けた。
私を頼ってくださる方を裏切ることがあってはいけない。
独立して2年目でしょうか、自分自身の不注意で自動車事故を起こしてしまったことがありました。自宅のすぐ近くでブロック塀に衝突し、顔に怪我を負ってしまいました。その後、人に会うたびに『どうしたんですか?』『ちょっと事故を起こしてしまいまして』というやりとりをしていたのですが、あるお客様から『頼みますよ、あなたがいなくなったら私はどうなるんですか』とお叱りをいただいて……その言葉が心に強く刺さりました。この仕事の意義をあらためて思い知らされ、私を頼ってくださっているお客様を裏切るようなことは絶対にあってはならないと。それからは、自分の人生を賭けてこの仕事に取り組んでいこう、この仕事こそが私の天職なのだと、そんな思いでここまで過ごしています。
Q.独立後の調子は?

最初はデスクひとつでのスタート。独立9年目、
思い切って投資し、こだわりの自社オフィスを建設。
最初は、実家の店舗の片隅にデスクを置かせてもらってのスタートでした。まずは安定的な自動車保険の手数料収入で生活費を確保し、生命保険の手数料収入を増やして事業拡大を図ろうと。半年ほどで実家を出て、幹線道路沿いの雑居ビルの2階に事務所を構え、その後1階のテナントが空いたのでそちらへ移転。来店型の店舗づくりに努めました。こうして徐々にお客様を増やして、2007年に思い切って3500万円ほど投資して大洲市内に本社屋を建設しました。現在、営業スタッフや事務スタッフあわせて社員9名の企業にまで成長しています。
Q.いまのやりがいは?
地域のお客様が、私がつくったオフィスに
好んで足を運んでくださる。それがうれしい。
新しく建設したオフィスは、明るいイメージでお客様が自然と集うような、地域の方々に「ここに来れば何でも相談できる」と安心をお届けできるような、そんな場所をめざしました。家族連れのお客様も来店しやすいようにキッズルームなども設けています。これまでの雑居ビルの事務所では、お客様にこちらからお願いして足を運んでもらっていたのですが、このオフィスではお客様のほうから積極的に来訪してくださる。けっこう遠くからわざわざいらしてくださる方も。あるお客様から『ここに来ると気持ちいいんだよ』とのお言葉をいただいた時はとてもうれしかったですね。スタッフのモチベーションも大きく上がってきました。
 
Q.これからの目標は?
近々、松山市に進出。その後は広島にまで
事業のネットワークを広げていきたい。
まずは地元で地域一番店になること。この目標はかなり現実的に見えてきました。これからは、地域を広げて事業を拡大していきたいですね。まずは、県の中心都市である松山市に新しい拠点を設けます。すでに具体的な準備は進んでいて、家族と一緒に住まいも松山市内に移して、本格的に取り組んでいくつもりです。そしてその後は、同じ経済圏内である広島にも進出していきたい。現状はまだ、私が思い描いているプランの1/10ほどであり、これから15年ぐらいかけて、人々の暮らしを支えていくネットワークをつくっていきたい。この間、後継者も育成して、次の世代に引き継いでいければと思っています。
Q.最近のプライベートの過ごし方は?
忙しいながらも、家族と過ごす時間を大切に。
週に2回は、妻と娘の3人で夕食。
家族は妻と小1の娘です。仕事が忙しいのでなかなか家族とゆっくり過ごす時間が持てないのですが、それでも週に2回は早く仕事を切り上げて家族と一緒に食事をとるように心がけていますし、月に1回は3人で遊びに出かけています。私にとってやはり家族の存在はとても大きいですね。
取材日:2007年10月
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